雲母(きら)と胡粉。
私は予想もしなかった。唐紙の絵の具に、それらが調合されているということを。
雲母は、花崗岩の粉、胡粉は牡蠣などの貝殻をすりつぶしたものだ。
雲母はやわらかにキラキラときらめく。
昔の人はなぜこれらを絵の具に混ぜようと考えたのだろう。
どんな経緯でたどり着いたのだろう。
日本画などを描く人とってはきっと当たり前のことだろうけど、私にとってはそれが初めての出会い(認識)だった。
11月28日
京都精華大学の公開授業GARDEN。
ここで、唐紙ときら、胡粉、を知った。初めて私は唐紙の木版画を体験した。
講師は、唐長さんの嘉戸 浩氏。
http://www.shift.jp.org/guide/kyoto/insider/ko-kado.html
10枚の和紙を持って、様々な模様を刷る。初めての体験と出会いに感動した。
私は、薄いピンクや水色の和紙に銀色のような色の絵の具をのせるのが気に入った。
唐長さんにこんな指導をしてもらえるなんて本当に貴重な体験。
この日唐紙と唐長さんのことを少し勉強して、実際に350年前に唐長さんがつくったという和紙が、曼殊院に残されていると知った。
見てみたい、と思った。
1月4日
初詣に出かけ、その足で曼殊院に行く。
唐長さんはきっととても有名なのだけど、私の住む大阪ではあまりメジャーではない気がする。
試しに隣にいた友達に知っているか聞いてみた。
「知ってる」
京都のバスはあまり得意じゃない。曼殊院までの道をすっかり彼に任せると、ふと彼は京都の人なんだなぁと思って笑った。
大阪の東のほうで生まれて育った私がいま曼殊院へ京都の人と行こうとしている。
この日京都は初詣客でごったがえし、三が日ほどではないにせよ、八坂のまわりは人で溢れていた。
けれどバスで少しいくと、修学院のあたりは人もまばら。
曼殊院「竹の間」ここに日本で最も古い唐紙が現存しており、今でもはっきりと竹の模様がそこにあった。
きっと唐紙に興味を持たなければここに来ることはなかったと思う。
思ったより広い曼殊院の中を見物してまわる。心地よい静けさがあった。
今後10年見れることはないという「不動明王」。その「黄不動明王」もここにあった。
色あせない美が、しずかにそこにあって、
雲母は今でも、身近なところできらきらと輝いている。
日常の中の非日常。非日常の中の日常。
きらきら輝く雲母に今年はいくつ出会えるだろう。

